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| (2007年9月25日掲載) |
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イラクの「アンバル救済委員会」(別称「アンバル覚醒委員会」の指導者で、「アンバル・モデル」と呼称される米軍に協力してイラクのアル・カイダ勢力と対峙し自らが統治するスンニ派地域の治安と安定を確保するとの方式の先駆者となったアブドゥル・サッタル・ブザイグ・アル・リシャウィ部族長(37歳。但し、35歳説もある)が、2007年9月13日、ラマディの自宅近くの道路脇仕掛けられた爆弾によってボディ・ガード2名と共に殺害された。 因みに、アブドゥル・サッタル・ブザイグ・アル・リシャウィ部族長は、それまでにも何回かアル・カイダ勢力の攻撃の標的とされていた。また同部族長の実父と兄弟の一人が武装勢力によって殺害されている。尚、同部族長は殺害される前の週に、「我が国民を殺害するアル・カイダに抵抗する我々の運動は自然発生的なものである」とアル・アラビアTVで述べていた。 アブドゥル・サッタル・ブザイグ・アル・リシャウィ部族長は2007年9月3日には、イラクを突然訪問したブッシュ米大統領と、アンマル県のアル・アサド空軍基地内で面会し握手を交わしていた。またペトレアス・駐イラク米軍司令官は、2007年9月10日に行われた米議会の公聴会において、米軍がアブドゥル・サッタル・ブザイグ・アル・リシャウィ部族長との協力関係を確立したアンバル県を治安改善の成功例として紹介していた。事実、アンバル県での駐留米軍攻撃回数は、2006年10月の1350件から2007年8月には200件強へと激減している。それだけに同部族長の殺害は米国にとって痛手となろう。 イラクのアル・カイダ系武装組織の「イラク・イスラム国」は事件発生から二日後の2007年9月15日、イスラム系のウェブサイトに犯行声明を載せた。同声明は、「我々は特別治安委員会を創設した」「同委員会が駐イラク・米軍、イラクのマリキ政権に協力する部族指導者を追跡して殺害する」として、今後も彼らから見た裏切り者を処罰することを宣言した。実際、イラクでは、2007年5月にファルージャで、反アル・カイダ組織に加わったスンニ派部族指導者アラウィ・アル・イサウィ氏が暗殺されたほか、6月にも、アンバル県で米軍に協力していたスンニ派部族長4人が自爆攻撃を受け暗殺されている。7月に入っても、バグダッド北方で、反アル・カイダの行動に合意したスンニ派部族長の集会が狙われ、5名が死亡し12名が負傷している。 |
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| (9月21日、記) |
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| <関連情報> ●スウェーデンの風刺画家の殺害に賞金をつけたイラクのアル・カイダ系武装勢力【9/25】 ●イラク駐留米軍の段階的削減を発表し情勢評価報告書を議会提出したブッシュ大統領【9/18】 ●「ヘルシンキ合意」を採択して終了したイラクのシーア派・スンニ派の秘密会合【9/14】 ●「マハディ軍」の活動を6カ月間停止したムクタダ・サドル師【9/4】 ●各派の対立の顕在化や米国からの批判の高まりで依然迷走を続けるイラクのマリキ政権【8/31】 |
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| (幹事 畑中美樹<はたなか・よしき>) |