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| (2007年9月7日掲載) |
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イランとクウェートは石油相が辞任し、後任決まらず迷走中 サウジはアラムコの組織改変と人事を断行、将来に備える イ ラ ン ◆ バジリハマネ石油相の誕生から辞任 2007年8月、バジリハマネ石油相が辞任。後任の石油相が決まらず、当面、イラン国営石油会社(NIOC)のノザリ社長が石油相代行に指名された。バジリハマネ氏はアフマディネジャド大統領の石油・天然ガス問題に関する顧問に就任する。現政権のエネルギー政策がバジリハマネ氏の思考・行動と合わなかったことが辞任の理由とされる。 2005年8月、アフマディネジャド政権が誕生し、21名の閣僚中最後まで決まらなかったのは石油相のポスト。議会による3人の候補者の否認もあり、ようやく12月にそれまで石油相代行を務めていたバジリハマネ氏が石油相に指名され議会の承認を得た経緯がある。 同氏は1945年生まれの62歳。長年、石油省に勤務し、最終ポストは各部門間の調整を担当する次官。どちらかといえば、地道な部門を歴任し、後は退職を待つだけの状態で、本来、なるべくして石油相になったのではない。石油省を知る人々の評価では「地味で存在感はなく、とても石油省やNIOCを背負って立つ人物にはみえなかった」というのが大方の見方であった。だから、原始共産制の経済観を持つアフマディネジャド(以下「ア」)大統領とは最初からウマが合うはずもなかったのである。 ◆ 議会による石油相の承認 「ア」大統領は改めて石油相候補者のリストを議会に提出しなければならないが、議会が石油相の資質として求める最低の条件は2つある。一つは、イラン石油産業の中で経験不足であってはならないことである。もう一つは、石油政策のように重要な分野の閣僚にとって内閣が閣僚の練習場であってはならない、ということである。大統領自身がイラン経済の心臓部ともいうべき分野で改革という足跡を残したいという思惑があっても議会は拒否するだろう。この点では当初、石油相候補者を議会が3回も拒否したのは“大統領の政治権力の限界”を示したともいえる。 ◆ 次期石油相の候補者 「ア」大統領は今、どこかの国の首相と同じく、石油相候補としての主義・主張や思考・行動などを含めた“身体検査”行っているのだろう。現在、筆者が想定する石油相候補者は次の通りである。順不同。
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| 以上 |
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| (幹事 中嶋 猪久生<なかじま・いくお> ) |