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| (2007年8月10日掲載) |
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2007年8月6日、イヤド・アラウィ元首相に近いイラク・ナショナリスト・リストの4閣僚が閣僚会議をボイコットすると発表したことで、挙国一致内閣を標榜してきたアル・マリキ首相は益々厳しい立場に立たされることとなった。周知のように、わずか5日前の8月1日には、スンニ派のナショナル・コンコード戦線(National Concord Front)の6閣僚が辞任の意向をマリキ首相に伝えている。相次ぐ閣僚の辞任や閣議ボイコットによって、首相と2人の副首相及び国務大臣を含めて当初合計40名の閣僚のうち、6ポストが空席、6ポストが辞任表明、5ポストが閣議欠席の状態となっている。尚、スンニ派の閣僚は、独立系のアブドゥル・カーデル・シャシム・ムハンマド国防相の1人のみとなった。以下では、参考のために、イラクの現在の内閣の状況を整理し紹介することとしたい。 〈シーア派閣僚〉
〈サドル派:シーア派イスラム主義者〉 2007年4月16日、聖職者のムクタダ・アル・サドル師が辞任し、サドル派は閣外に去る。マリキ首相は後任を任命しようとしたが、議会承認を得られず。
〈ナショナル・コンコード戦線:スンニ派イスラム主義者〉 上述のように2007年8月1日、辞任表明。マリキ首相は辞表の受理を拒否している。
〈イラク・ナショナル・リスト〉 上述のように、2007年8月6日、閣僚ボイコットを表明。 但し、日常業務は続けている。
〈その他〉
〈クルド人〉
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| (8月9日、記) |
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| <関連情報> ●2006年には53%に達したイラクのインフレ率【8/10】 ●イラク政策で意見を異にするブッシュ政権とサウジアラビア【8/3】 ●イラク、レバノンでの自国民の反政府戦闘活動に困惑するサウジ政府【7/24】 ●イラクの財政動向に関する統計データの紹介【7/10】 ●イラクの対外債務残高の統計データの紹介【7/6】 |
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| (幹事 畑中美樹<はたなか・よしき>) |