カダフィ大佐の居場所やニジェール政府のその後の対応等に関するその後の情報(9月8日時点)
(2011年9月9日掲載)

<矛盾するカダフィ大佐の居場所に関する発言>

 トリポリの軍事評議会のアニス・シャリフ報道官は、2011年9月7日、AP通信に対して、カダフィ大佐の居場所に関して次のように語った。

カダフィ大佐は依然リビア国内にいる。
我々は先端技術と人間による諜報を使いカダフィ大佐を追跡している。
我々はカダフィ大佐のいると思われる場所を40マイル(約60km)の距離で四方から取り囲んでいる。
カダフィ大佐は逃げ出すことは出来ない。
我々はカダフィ大佐を拘束するか殺害するかの準備をしている。
我々はカダフィ大佐と(追跡劇という)ゲームを行っている。
カダフィ大佐を追跡し相互の動きを調整する作戦室をトリポリに開設し約20人が従事している。

 他方、国民評議会でもムハンマド・タイナズ国防副大臣は、同日、AP通信に対して、次のような矛盾する発言を行っている。

我々はカダフィ大佐がどこにいるのか知らない。
カダフィ大佐がトリポリの地下トンネルに隠れていることだってあり得る。
カダフィ大佐の追跡は我々の主要議題ではない。
我々の優先順位はリビアを解放することである。
一旦、リビアが解放されれば、カダフィ大佐の隠れ場所はリビア国内にはなくなる。

 またNATOのラスムセン事務総長も冷静に次のように述べている。

自分はカダフィ大佐の居場所に関する情報を持っていない。
カダフィ大佐はNATOの作戦の標的にはなっていない。


<ニジェールに特使を派遣した国民評議会とニジェール政府の反応>

 ところで国民評議会のファジ・バジャ政治委員会委員長は、2011年9月7日、次のように述べ、ニジェールに特使を派遣したことを明らかにした。

国民評議会はカダフィ大佐のニジェール入りの可能性を協議するために代表団を同国に派遣した。
カダフィ大佐は、国境を越える機会をうかがいながらニジェール、或いはアルジェリアとの国境近くにいるかもしれない。
自分はカダフィ大佐がどちらかの国境沿いにいると思う。
我々は全ての地域の国家にカダフィ大佐を受け入れぬよう要請している。
我々はカダフィ大佐及び一族を裁判にかけたいと考えている。

 他方、ニジェール政府のマロウ・アマドゥ法相は同日、次のように語り自国にカダフィ大佐はいないと明言した。

カダフィ大佐はニジェールにいない。
200台の車両がリビアからニジェール入りしたとの報道は事実ではない。

 また、同国のムハンマド・バズーム外相は、次のように述べ、仮にカダフィ大佐が越境した場合の対応を決めていないことを明らかにした。

ニジェールはカダフィ大佐が越境しようとした場合、それを許すか、或いは、国際刑事裁判所に引き渡すのかに関する如何なる決定も下していない。
但し、ニジェールには国境を封鎖する手段がない。国境が極めて長い反面、封鎖のための手段は限られているからだ。
首都ニアメに到着したリビア人は、滞在するのも、他へ移動するのも自由である。
少なくとも3つの車列がニジェール入りしたが、カダフィ大佐は含まれていなかった。

 尚、ニジェール政府はマハマドゥ・イッソフウ大統領の主宰で閣議を開催し、終了後、次のような内容の声明を発表している。

ニジェール政府は、車列で入国した13人のリビア人を人道上の理由で歓迎する。
同車列で入国したリビア人の中にカダフィ大佐は含まれていなかった。
リビアは人道的条件に合致しない行動や姿勢を取るべきではない。
ニジェールの行動は、リビアの国民評議会の高官たちと相談しつつ、ニジェールの国益に合致するよう決められている。
最初の車列は3台で構成され、4人のニジェール人を含む14人が乗車していた。(従って、リビア人は10人)。
二つ目は車1台で、ニジェール人1人を含む4人が乗車していた。(従って、リビア人は3人)。
報道されたような200台の車列がリビアからニジェールに入国したということはない。


<国民評議会と距離を置くアフリカ連合(AU)>

 アフリカ連合(AU委員会のジャン・ピン委員長は、2011年9月7日、次のように語り、AUとして国民評議会を依然承認していないことを強調した。

AUの多くの諸国はリビアでは黒人に対する暴力事件があると聞いているので、国民評議会を、リビア国民を代表する正統政府として承認していない。
普通の黒人が傭兵の黒人と取り違えられるような状況は、国家として正常と言えようか。

 今回、仮にカダフィ大佐の国外脱出を仲介した国家があるとすれば、その一つに挙げられるのがアフリカ連合(AU)である。カダフィ大佐自身がAUの設立に尽力した経緯を持ち、またAUの財政難を助けた過去もある。さらに、南アフリカのズマ大統領は、リビア内戦中に、AU調停案を携えてトリポリとベンガジを訪問している。但し、同提案は国民評議会に拒否されている。

 仲介時のカダフィ大佐の落ち着き先としては、既に伝えられるようにブルキナファソが第一候補だろうが、ダークホースとしてジンバブエの名前を挙げる向きもある。事実、同国のアーサー・ムタムバラ副首相は先週、議会で、カダフィ大佐が同国に亡命を求めれば歓迎されるだろうと発言し注目を集めた。

 カダフィ大佐とジンバブエのムガベ大統領とは長い友情関係にあると言われる。2001年、カダフィ大佐は80台の車列を組んでジンバブエの首都ハレーレまで来たことがあった。当時、カダフィ大佐はオープン・カーから身を乗り出し、沿道を埋めた数千人に手を振って応えていた。燃料油不足に見舞われたジンバブエに石油を送ったのもカダフィ大佐であった。ジンバブエではカダフィ一族が、新たに不動産物件を物色しているとの噂も流れている。尚、ジンバブエは、1991年にエチオピアのメンギスツ大統領の亡命を受け入れ、以降引き渡しを拒否している。因みに、同人は2000人を殺害した罪で、その後、母国では無期懲役の判決を受けている。

(9月8日、記)
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(幹事 畑中美樹<はたなか よしき>)