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| (2011年11月22日掲載) |
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エジプトの首都カイロのタハリール広場では11月18日から早期の民政への移行を求めるデモが穏健裡に始まった。しかし、治安部隊が座り込みを続ける一部デモ隊の排除に乗り出したことから双方が衝突する騒ぎへと発展し、二日後の11月20日時点で、死者10数人・負傷者940人超を出す惨事となってしまった。因みに、エジプ軍及び警察はタハリール広場に座り込むデモ隊のテントに火を放ったほか、数千人のデモ隊めがけて催涙弾やゴム弾、鳥用の散弾銃を撃ちこんでいる。デモにはムスリム同胞団や4月6日運動などから数万人が参加しており、これらの主流派は日没と共にデモを終了させつつあった。しかし、その他の数千人がタハリール広場に残り座り込みを続けたことが流血事件へとつながった。 最高軍事評議会は声明を発表し、事件に遺憾の意を表明すると共に、軍評議会は民政への移行期間を引き延ばすつもりはなく民主化移行プロセスの妨害は断じて許さないとしている。但し、早期の民主化に期待を寄せる人々は、将軍たちが議会選挙や大統領選挙の実施後も権力の座にしがみつくのではとの疑念を強めている。特に、最高軍事評議会が早期の民政移管を表明しながらも、そのための具体的な日程を明らかにしていないことに人々は不審の目を向け始めている。今回の抗議デモでも、明確な日程を明らかにするようにとの要求が出されていた。 現在最高軍評議会の内部で浮上している案は、2012年末或いは2013年初に予定する大統領選挙後に民政への権力移譲を行うというもののようだ。民主化を求める人々は、それではあまりにも遅いので、2011年11月28日を第一回として2012年1月3日まで3回に分けて実施される議会選挙後に移譲すべきと主張している。 民主化を求める勢力が軍部の民政移管に懐疑的となった今一つの理由が、ムバラク大統領時代の与党・国民民主党の議員が来たる議会選挙に立候補するのを禁じられなかったことである。軍はこうしたムバラク時代の与党議員の当選を確かなものとすることで、ムバラク前大統領への忠誠を貫こうとしているのではと見られている。加えて、最高軍評議会が、今後制定される憲法では軍の特権を容認する指針を発表したことも、民主化勢力のみならず各政党の反発を生む結果となっている。 タハリール広場に集まった抗議者は、「我々の要求はただ一つ。軍幹部が退陣し民生委員会にとって代われることだ」と叫びながら、ムバラク前大統領下で長きに亘り国防相を務めていたフセイン・タンターウィ元帥の辞任を求めている。尚、今回のデモは首都カイロだけではなく、地方の主要都市であるスエズやエル・アリシュ、アレキサンドリア、アシュートとエジプト全土で起きているだけに今後の行方が注目される。 |
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| (11月21日、記) |
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| <関連情報> ●「アラブの春」による歳入減で国際通貨基金(IMF)からの借入を再び検討しはじめたエジプト政府【2011/10/20】 ●治安部隊やイスラム教徒との大規模な衝突に発展したエジプトのコプト教徒らのデモ【2011/10/11】 ●エジプト軍政は11月28日からの人民議会選挙の実施を発表したもののボイコットも示唆し選挙法の改正を要求する多くの政党・政治勢力【2011/9/30】 ●民主化を求めるデモ隊の一部が暴徒化しイスラエル大使館を襲ったエジプト(9月10日時点)【2011/9/13】 ●イスラエル南部での連続襲撃事件を契機に休戦破棄宣言を行ったハマスの軍事部門カッサム部隊と駐イスラエル大使の召還の構えを見せたエジプト【2011/8/23】 ●ムスリム同胞団等のイスラム主義者が初めて主流を占める抗議デモの発生したエジプト【2011/8/2】 |
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| (幹事 畑中美樹<はたなか よしき>) |