ウマル・ムーサ・ヤラドゥア大統領が死去しグッドラック・ジョナサン大統領代行が後を継いだナイジェリア
(2010年5月11日掲載)

 ナイジェリアのドラ・アクニイリ情報相は、2010年5月5日、同国のウマル・・ムーサ・ヤラドゥア大統領(58歳)が同日、首都アブジャの大統領公邸で死去したことを明らかにした。それから数時間後、ナイジェリアTVは、通常の番組を中断し、同大統領が死去したとの次のような声明を伝えた。尚、オルセグン・アデンリイ報道官によれば、死去した大統領は妻女ツライに看取られた。

ウマル・ムーサ・ヤラドゥア大統領兼軍最高司令官は、数時間前、大統領公邸で死去した。
治安担当官が直ちにアヌー・ビスー国家安全保障担当官に連絡し、同担当官が直ちに大統領代行を呼び出した。
ウマル・ムーサ・ヤラドゥア大統領兼軍最高司令官は、過去数ヶ月病を患っていた。

 その後、グッドラック・ジョナサン大統領代行は、「ナイジェリアは宝石中の宝石を失った」「天国でさえ今夜は我が国を悼んでいる」との内容の声明を発表した。また同大統領代行は、同日から7日間を服喪期間とすることも明らかにした。

 そのグッドラック・ジョナサン大統領代行は、ウマル・ムーサ・ヤラドゥア大統領兼軍最高司令官の死去から約12時間後、各大臣及び政府高官の見守る中、アロイシウス・カッチナ・アル司法相の前で大統領就任の宣誓式を行った。就任後グッドラック・ジョナサン大統領は、次のような挨拶を行った。

政権は選挙改革及び汚職の追放に最大限の努力を払う。
これが自分の最大の責務であり、実際、亡くなった大統領が努めていた価値の追求に向け国家を挙げ努力を続けねばならない。
真の試練の一つは、来たる大統領選挙で全投票が正しく集められ数えられるか否かである。

 死去したウマル・ヤラドゥア大統領は、イスラム教徒の多い北部カッティナ県知事から2007年5月に大統領に就任した物腰の柔らかな政治家で、就任後、汚職の追放や経済改革に取り組むと共に、南部のニジェール河口デルタ油田地帯の武装勢力との和平交渉にも尽力し、それなりの評価を得ていた。但し、他方で、2009年11月、心臓病の悪化でサウジアラビアにおいて手術を受けて以降、国民の前に姿を見せておらず、国政に空白を生じさせたとの批判も生んでいた。

 死去したウマル・ヤラドゥア大統領の任期は2011年5月までであったので、グッドラック・ジョナサン新大統領は少なくともそこまで大統領職を務めることになる。但し、イスラム教徒とキリスト教徒が交代で大統領職を出す慣例の中、任期半ばで死去したイスラム教徒のウマル・ヤラドゥア大統領の後を継いだのがキリスト教徒のグッドラック・ジョナサン新大統領であるだけに、2011年の大統領選挙に与党の国民民主党が誰を立てるのかで争いが生じる可能性もありそうだ。

(5月9日、記)
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(幹事 畑中 美樹<はたなか よしき>)