株式の取得へポルシェ社の財務内容の検討に入ったカタール投資庁(QIA)

(2009年6月11日掲載)

 ポルシャのアルブレヒト・バムラー広報部長は、2009年6月9日、電話インタビューに対して、「カタールとの交渉は良い雰囲気のなかで行われている」(ブルーンバーグ通信 2009年6月9日)と語り、同社がカタールと独占交渉を行っていることを確認した。同交渉の関係筋によれば、ポルシェはカタールに株式の25%を売却することを検討中で、数週間以内に合意に達する見込みである。


 ポルシェは2005年9月、フォルクスワーゲンの株式の20%を取得し、同社の経営権の獲得に動き出した。2008年10月時点では42.6%であったポルシェのフォルクスワーゲンの持ち株比率は、2009年1月には50.76%にまで上昇し子会社化に成功した。しかし、ポルシャは目標であるフィルクスワーゲン株の75%取得を目指して積み上げた債務90億ユーロ(125億ドル)が重荷に転じてしまい財務体質の悪化を招いた。このためポルシャは2009年3月、ドイツ政府に国有開発銀行KfAに緊急援助として17億5000万ユーロの借款を打診せざるを得ない事態にまで追い込まれた。


 他方、ポルシャとフォルクスワーゲンは2009年5月6日、経営統合を決めそれぞれの10ブランドを統合後も独立させ残すこととし、6月3日を期限として統合案の策定作業に入った。だが、2009年5月、フェルディナント・ポルシャフォルクスワーゲン監査役員会会長がポルシェの財務内容を問題にし、またフォルクスワーゲンのベルンド・オステルロー事業評議会議長が交渉を辞めるよう求めたことから統合案は進展しなかった。加えて、フォルクスワーゲンのマーティン・ヴィンターコーン最高経営責任者(CEO)が、2009年5月、統合に向けた話し合いを行うにはポルシェの透明性の向上が必要との趣旨の書簡を同社の従業員に送付していたことも一因となって、統合案は期限までにまとまらなかった。ただし、フォルクスワーゲンのミカエル・ブレンデル広報部長は、2009年6月9日、同社としては依然双方の10ブランドを持つ統合会社の設立という目標に固執すると述べている。ポルシャのアルブレヒト・バムラー広報部長も、フォルクスワーゲンとの役員会レベルの協議は続行中とコメントしている。


 ポルシェとフォルクスワーゲンは込み入った家系を通じて相互に株式を保有している。フォルクスワーゲンのフェルディナント・ピエヒ会長はポルシェの創業者の孫であり、ポルシェの役員も兼ねている。他方、ポルシェの持ち株会社は、フェルディナント・ピエヒ・フォルクスワーゲン会長の従兄弟であるヴォルフガング・ポルシェ氏が会長を務めている。元々、ポルシェは、フォルクスワーゲン・タイプ1を設計したフェルディナント・ピエヒ技術者(上述したフォルクスワーゲンのフェルディナント・ピエヒ会長の祖父)の子息フェリー・ポルシェにより1947年に設立された。しかし、ポルシェ家は今でもポルシェの大株主ではあるが、ポルシェの経営は1971年にポルシェ家の手から離れ今日を迎えている。


 尚、カタールのシェイク・ハマド・ビン・ジャシム・アル・サーニ首相兼外相は、2009年5月30日、同国がまだポルシェやドイツ自動車企業への投資に関心を持っているのかを問われロイター通信に、「カタールは依然債務過多のポルシェ或いはその他のドイツ自動車会社の株式の購入を検討中である」「本件はまだ進行中だが、法的観点から、これ以上は話せない」(ロイター通信 2009年5月30日)と語り肯定している。またカタールのユーセフ・カマール財政相も、2009年6月4日、カタール政府がポルシェに投資する用意があると述べている。

(6月10日、記)
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(幹事 畑中美樹<はたなか・よしき>)