シーア派のサドル派民兵組織マフディ軍と治安部隊の衝突が再燃したイラク
(2008年3月28日掲載)

 シーア派のサドル派民兵組織マフディ軍が2008年3月25日、首都バグダッドを含むイラクの3都市で治安部隊と衝突した。特に南部のバスラでは激しい戦闘が行われ本稿執筆時点で約30人が死亡し60人が負傷している。また首都バグダッド南東175kmNOクートでも戦闘が目撃されている。さらに首都バグダッドのサドル地区では、マフディ軍とイラク治安部隊、米軍との戦闘が発生している。因みに、サドル地区でのマフディ軍と米軍との戦闘は2007年10月21日以来のことである。


 ムクタダ・サドル師の代表を務めるハザム・アル・アアラジ氏は聖都ナジャフで「我々は貧しい人々に対する攻撃を止めるために宗教指導者と政治指導者が介入することを求める」「我々はイラク全国民に全土で抗議行動を起こすことを求める」「仮に政府がこうした要請を聞かないのであれば、第二段階はバグダッドやイラク全土での全般的な不服従となろう」との声明を代読した。


 英国軍事筋によれば、イラク政府のヌーリ・アル・マルキ首相がイラク治安部隊の攻撃を指揮するためにバスラ入りしている。バスラ市内を巡察したマルキ首相は「イラク政府が治安を回復する」「バスラ市では、女性や無垢の人々を攻撃対象とする国内外のグループによる残忍な作戦が展開されている」「それに先立って、石油、武器、麻薬が密やされており、バスラ市は市民が自らの生命・財産を守れないような状態となっている」「こうした状況は経済開発にマイナス影響を与えている」「しかし、イラク連邦政府は治安、安定、法の執行を回復する」と語り、安定回復に向けて治安部隊が全力を尽くすことを誓った。尚、バスラ県の統治は、2007年12月に英軍からイラク政府に移管されている。


 周知のように、イラクのイスラム教シーア派指導者の一人で反米強硬派として知られるムクタダ・サドル師は、2008年3月7日、同師の率いてきた民兵組織マフディ軍から離反者が多く出ており内部分裂したことを金曜礼拝で明らかにすると共に改めてウエブサイトにもそのことを掲載した。その中でムクタダ・サドル師は「脱退者が出たのは世俗的な理由からであり、その多くは自らの指示には従わないで別途政治闘争に参加している」「自分もイラクを解放することに失敗したので、当面学習に励みたい」と述べ、自らも当面イラクの政治の表舞台から姿を消すことを明らかにしていた。因みに、ムクタダ・サドル師は2007年8月29日、自らが率いてきた民兵組織マフディ軍がシーア派の聖地カルバラでイラク治安軍と衝突した事件を受けてその活動を半年間停止すると宣言していた。米軍攻撃を繰り返すと共に宗派対立の元凶ともなっていたマフディ軍の活動停止が、米派遣軍の増加やスンニ派武装勢力等の米軍への協力開始といった要因と共に、テロ活動の減少、治安の改善の要因となってきていた。 

(3月26日、記)
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(幹事 畑中美樹<はたなか・よしき>)